肺炎 闘病記

 いゃーっ! 大変でした!!
私が「急性肺炎」にかかってしまいました。

 10月5日、6日、7日、8日と仕事をしていました。
10月8日は「体育の日」、天気は雨でしたが、別段、何の変化もなく仕事を終え、アパートに帰ってきました。

 10月9日は午前中、石岡での用事を済ませましたが、何か体調が思わしくないと感じ、そのままアパートに帰ってきました。
9日午後からは、ほとんど記憶がありません。
 10月9日の午後から高熱による「頭痛」と「めまい」で寝たきりの状態となり、食欲はなく、水分のみで横になっていました。

 10日、11日も状態は変わらず、食欲はなく、水分のみで横になっていました。

 12日になり、頭痛とめまいが少し緩和してきたので、自分で車を運転して病院へ診察を受けに行きました。
診察前、看護師さんに熱を測るよう体温計を渡され、計測された体温は39.5度という高熱で、思わず看護師さんは私の額に手を当てるほどでした。

 この日の担当医は院長先生で、問診と尿や血液の採取をし、アパートへ帰ってきました。

 翌13日も、自分で車を運転し病院へ診察を受けに行きました。
今日の体温も39.1度と、相変わらずの高熱でした。
 一人暮らしのみきは体温計など無縁だったのでアパートには無く、9日から11日まではどれほどの熱が出ていたのか、今となってはまったく想像もつきません。
この日の担当医は、少しお歳を召したベテランの先生(多分、名誉院長先生だと思います。)で、腹部から背中一体を聴診器で細かく診てくださり、一言「肺炎」と言い、即レントゲン撮影をした画像には、左肺下部に白く炎症が写っていました。

 先生は「即入院」を指示されましたが、一人暮らしのみきは自分で入院の準備をしなければならず、明日14日の午前10時に入院する約束をしてアパートへ帰ってきました。

 10月14日、10時の約束は頭にあり、入院の準備をしなければ… と、頭の中では思っていても、体は意に反し、まったく動けません。
約束の10時が過ぎてしまい、病院には「明日入院したい」と断りの電話を入れました。
 その後、友達のYさんに入院することになった旨の電話をすると、Yさんはびっくりしてみきのアパートにすっ飛んで来ました。
Yさんは、みきを見るなり「今日、入院しよう。」と言い、病院にその旨電話をすると、病院は「では午後2時にきて下さい。」という返事でした。
 Yさんに、入院に必要な物を集めてもらい、下着やパジャマなどを至急買い揃え、入院しました。



 14日の午後に入院したみきは、病院で出た夕食のかゆを久しぶりに食べた。
考えてみると、9日からまったく食事を取らなかったので「17食」食べなかったことになります。
 さっそく、抗生物質と点滴での治療が始まりました。

 15日も16日も抗生物質と点滴での治療を受けました。あとは体温測定、血圧測定、脈拍測定、血糖値の検査などを、一日数回行います。
食事は「かゆ」が出るのだが、朝食と夕食しか食べられませんでした。

 17日、入院後初めてひげを剃った。ひげそりなんてすっかり忘れていました。
夕食は「とんかつ」、生野菜がほとんど食べられないので、とんかつに付いてきたキャベツの千切りが美味かった。

 18日、手と足の爪を切る。

 19日、今日は腹部と心臓のエコー検査をしました。

 20日、以前、コーヒーやフルーツなどは食しては駄目だと言われていた。
午前3時半、下の扉を開ける。
そこには食べてはいけない「みかん」が入っていた。
1個取り出し、おもむろに皮をむきだす。おっと!シーツを汚すといっばつでみかん食べたことが分かってしまうではないか。
タオルを下に敷いて、みかんの皮をむく。
1片食べる、美味い! 2つ目、3つ目… 全部食べ終わった。
食べかすはゴミ箱へ。食べかすが見つかっても咎められることはないだろう。
何か言われたら「私は存じません。」で逃げよう。(笑)
 中を覗くとあと1個、みかんがこっちを向いていた。

 午前11時半、ベテランの先生往診。
聴診器で細かく診察していただき、「確実に快方に向かっている。多分、炎症も消えるだろう。」との、実に心強いお言葉を頂く。
 12時、昼食配膳。今日は気分が良いので、初めて昼食を全部食べた。
午後4時半、腰部レントゲン撮影2枚。
ついでにお願いして体重測定。風袋とも65Kgでした。意外と体重は落ちてないようだ。ほっ!

 午後10時、食べてはいけない「みかん」を食べる。
駄目!と言われると、余計に食べたくなる。美味い!

 21日、友人のYさんが来てくれ、蒸しタオルで全身を拭く。
入院して1週間、ずっとお風呂に入れなかったので、気持ち良かった。
 午後2時、胸部レントゲン撮影。
パソコンの持ち込みの許可を願い出る。ほどなく持ち込みOKの許可が出た。
電気料は、最高額の1日50円。
 今日の夕方、普通食に変更をお願いすると、明朝から普通食に変わりますとのことだった。

 22日、朝食は「かゆ」が出てきた。普通食に変更をお願いしてある旨を看護師さんに話すと、昼食から普通食になるとのことだった。
12時、昼食配膳。また「かゆ」が出てきた。普通食に変更をお願いしてある旨を看護師さんに話すと、夕食から普通食になるとのことだった。
 午後5時50分、夕食配膳。やっと普通食に変更になった。

 23日、午後「外出許可」が出たので、アパートに帰り風呂に入った。
久しぶりの風呂は気持ち良く、約1時間も入っていた。
 風呂上りに体重計に乗ってみると、なんと61Kgになっていた。
8日頃は体重68Kgだったので、数日のうちに7Kgも体重が減っていた。

 超!うれしい!と考えると同時に、少し複雑な気持ちだった。
パソコンのスイッチを入れ、メールをチェックしたら69通も溜まっていた。
 パソコンや税金の納付書、仕事の資料などを持ってアパートから病院へ戻った。
さっそく持ち込んだパソコンを配線する。今日からはパソコン三昧の病院生活だーっ!
 今日は夜の12時近くまでパソコンをいじっていた。

 24日、病院より10月14日から20日までの入院費用請求が来ていたので、朝、支払いに行く。

 自分でも不思議に感じていることがあった。
それは、外来診療に来ていた12日と13日に、ちゃんと支払いをして帰ったのかどうかということだった。
12日も13日も、体温は39度を超えており、ほとんど記憶がぶっ飛んでいたからだ。
外来時の支払領収書がないのだ。私はちゃんと支払いをして帰ったのだろうか?
支払いをした記憶がまったく無く、かつ、領収書も無い… と、いうことは支払っていないということだろう。

 一階の「会計」で入院費用を支払い、この疑問を聞いてみると、答えは意外なものだった。
「12日も13日も、支払いは済んでいます。」とのことだった。
私は、無意識に会計を済ませていたのだった。
 今日から、足が痛い。
足の平の部分がしびれる様な感じで、寝ていても痛みは続いた。

 25日、特段書くべきことは無い一日だった。
足の痛みは続く。

 26日、今日も特別書くべきことの無い一日だった。
足の痛みは続く。

 27日、ベテランの先生往診。
今回も聴診器で細かく診察していただき、「肺炎は完治しているだろう。」とのお言葉を頂いた。
足の痛みは続く。

 28日午前6時55分、看護婦長が体温その他を測定に来た。
婦長は、昨日、院長先生が足の痛みは運動不足によるものだから、寝てばかりいないで歩行訓練をしなさいと言ったけど、もう退院許可が出ているのだから、頑張って歩行訓練をしなさいと言っていた。
 退院許可が出ている… みきにとってはとても嬉しいことばだった。
午後の歩行訓練時に婦長さん発見!
先日、10月30日に外出許可を願い出ていたが、退院許可が出たのだったら10月30日に退院したい旨お願いすると、婦長さんは院長先生の許可を取っていただき、退院できることになった。

 29日、もう肺炎の抗生物質は飲まなくなった。
足の痛みを取るべく、病院の廊下を行ったり来たり歩行訓練をしていた。
 院長先生のお話では、長い間歩かなかったため筋肉が弱り、足の平に痛みが出てきたとの事だった。
歩行訓練の成果が出て、足の痛みは徐々に薄れてきた。

 30日、退院の日、嬉しい!
昼食を食べ、11日から30日までの入院費用を支払い、領収書を看護師さんにみせると、晴れて退院できた。
足はまだ少し痛むが、これから数日、毎日、歩行訓練をして治していこう。
 月末なので、帰り道、国民健康保険料を銀行で振込み、長期間留守にしたため、アパートの冷蔵庫の中は全滅、スーパーで食料品を買い込み、無事、アバートに帰ってきました。

 23日の外出許可の時も、今日の退院も、友達のYさんに手伝っていただいた。
午後5時半過ぎ、市内の「どん亭」という飲食店で、Yさんと2人で、「快気祝い」の食事をした。
ここ「どん亭」は、本当に料理が美味しく、私たちは「海鮮丼」を注文したのだが、刺身類のあまりの美味しさに、2人共、丼をペロリと食べてしまった。

 この文章は、11月11日に書いています。
我ながら凄い記憶力だなと自負しながら打ち込んでいます(笑)が、12日の外来時の領収書が、ズボンの後ろのポケットから出てきた。
あの時は、本当に記憶がぶっ飛んでいたが、確かに治療費を払っていた。

 又、「快気祝い」の時、「入院した日は熱が高く、額から脇の下まで必死に冷やしていたよ。」なんて話をYさんに聞いたが、私にはまったくそんな記憶は無かった。
体温が39度を超えるようなことは初めての経験だったが、それは又、一人暮らしの者が病気になると、ただただ、寝ているしか出来なかったのも事実。

 さて、現在は、歩行訓練の成果もあって、足の痛みは無くなっています。
まーっ! ハゲ親父の入院姿なんて、みんな見たくもないでしょうから、訓練で歩いていた時の「笠間の菊祭り」の写真を載せます。

 では、皆様、お体を大切に…。